http://www.littledogpress.com/
このエッセイは、最初はクレヨンハウスの月刊「音楽広場」に書いたもので、現在は「リトルドッグプレス」のホームページに連載しています。それをこちらでも見られるようにしました。今までおもちゃのついて書かれたものは多く『白木の温もりの手作りのまごころ』のように情に流れるか『○○力を育てるにはこういうおもちゃがいい』式のガイドブックです。そうではなく、きちんとしたおもちゃ批評を確立したいと思っています。
ここは、作品を作る過程で、また、日常の中で思いついたことを、書きとめているページです。また、急ぎの情報などもここで紹介します。
午前中、ジムに行く。
胆石で入院して、そのあと四国遍路で
帰ってきたら年末年始でいろいろあって、
1か月半のごぶさた。
受付で「あけましておめでとうございます」といわれる。

ひさしぶりなのでバーベル上げの回数は少なめに。
うっすら汗をかく程度で終了。
ベンチプレスは上腹部にきくが、そこはちょうど胆のうがあるあたりなので
引き締めた方がいいのかどうか、ちょっと考えてしまう。

明日は長野市の小学校に行く。
雪でないといいけれど。
今日は大阪の箕面市。
箕面子どもの本アカデミー賞をいただいて以来
毎年オーサービジットで市内の小学校で
ものがたりライブをさせていただいて
なんだかんだ9年がたつ。
市内の14の小学校を毎年何校かづつ
順に回って今、二順目に入っている。

いつものように箕面市図書館のОさんが
千里中央にスタッフと一緒に迎えに来てくれて
まずは西小学校へ。
3時間目に4年生、4時間目に3年生。
小部屋で45分づつのものがたりライブ。

失礼して箕面小学校へ。
給食をいただき、5時間目に体育館で低学年、
6時間目に高学年40分づつのものがたりライブ。
いつもより5分短いのは
最後に各学年1人づつ、ぼくの本の読書感想文を
読みあげるという、学校企画のイベントがついたため。

時間の合間に校長室で休ませてもらうが、とくにぼくの本が
好きだという子と将来作家になりたいという子が二人、訪ねてくる。
握手。
学校側のはからいだが、こういう出会いを子どものために
こっそりやってくれる先生たちは、いきだ。
「なんでも平等が大事」と考えて、結果、誰にもなんにもしない学校だってあるわけで。

全部終わって新大阪の駅まで車で送ってもらい、名古屋・塩尻とのりついで
小淵沢に戻る。
朝、勢和図書館のHさんが迎えに来てくれて
3泊お世話になった勢山荘をあとにする。
車で津へ。
山間から海沿いの平地に出て1時間ほどのドライブで
三重県総合文化センターへ。
今日は午後からここの一室で三重県児童図書研究会の主催で
90分の一般向けのものがたりライブ。
幸い募集定員をオーバーして130人で札止めとのこと。
ありがたい話。

学校ではしない話で「安寿と厨子王」をする。
小さい子もいるし、長いからどうかなあと思いつつ、
でもやはりすべてが子ども中心と言うわけにもいかないよなと
自分にいいわけしながら、する。
 そのかわり最後は子どもたちへのサービスで「みそもらい」を入れる。
これは思いきり、子どもたちがはしゃぐので楽しい。

津駅まで送ってもらって近鉄に乗り、4日がかりの三重県ツアー終了。
朝、多気町のとなりの松阪市飯高町のNさんが迎えに来てくれて車に乗る。
飯高町振興局の2階で宮前コミュニテイスクール主催で90分のものがたりライブ。
一般対象。
コミュニティスクールというのは「小学校と地域が手をとりあって
近所の子どものためにできることをしよう」という考え方でなりたっていて
スタッフには地元の人もいれば校長先生もいる。
年配の男性の方が多い。
ピーティーエーの「学校と親で」というのと、また一味違う考え方。

 当初、30人くらいという予想がふたをあけたら親子づれ中心で50人になって
スタッフの皆さんが喜んでくれる。よかった。

今日はこれだけ。
午後は宿で読書。原良枝の「声の文化史」。
「音声読書としての朗読」というサブタイトルがついている。
朗読の歴史や意義について、これほどきちんと調べて書かれた本はないだろう。
りっぱな本。
なかな読み進めないが、坪内逍遥と森鴎外の「朗読論争」なんてのが
明治時代にあったとは知らなかった。
どちらもビッグネームだからちょっとわくわくする。
それにしても森鴎外は重箱の隅をつつくようにからみ過ぎ。よくない。
朝、車が迎えに来てくれて
2時間目は佐奈小学校で45分。
ここもかわいい小学校で全校いっしょ。
移動して3時間目は津田小学校。ここも全校。
また移動して4時間目は勢和小学校の低学年。
移動時間は15分しかないのにとちゅうに峠越えがあったり、
くねくね道があったりして
運転手さんがとばしてくれる。
 勢和小では車はぎりぎり開始1分前に到着。
体育館に横付けし、体育館の戸をあけると
すでに大勢の子が床に座って待っていて
拍手で迎えてくれる。
あちこちの学校と連絡をとりあって
こういうスケジュールを作ってくれた図書館のみなさんの
エネルギーに感謝。

給食をいただき、5時間目は高学年に45分。
そのあと、隣接している勢和中学校まで歩いて
6時間目は中学校の1、2年生。たんていもの。

これで今日の日程は終了。
宿まで送ってもらう。
宿はとても静かな集落の高台にあるが、下に下りて
5分歩いたところに「少女まんが館TAKI1735」というカフェがある。
ここは少女漫画のコレクションが7000冊というすごいところ。
勧められて、夕方行ってみる。
 何人かの年配の女性が漫画を読んでいる。
ここは80年代の少女漫画が多いのだそうだ。
そうはいっても、ぼくには全然わからない。
昔、山岸涼子と萩尾望都は読んだけれど
そこで停まっている。
リボン派となかよし派があるとか
マーガレット派、別フレ派、白泉社系とかのことばで
若い頃の自分を定義する女性たちがいるとは知らなかった。
 さて、お茶をのみながらなにを読んだものやら…
みつはしちかこの「小さな恋のものがたり」にする。
完結していたとは知らなかった。

夜は勢山荘に大勢のスタッフやご縁のみなさんが来てくれて宴となる。
楽しい。
朝のジェーアールで三重県の多気町へ。
10時着。
勢和図書館のHさんはじめ、スタッフのみなさんが駅に
迎えに来てくれていて、すぐに車で相可小学校へ。
三時間目低学年、四時間目高学年で45分づつのものがたりライブ。
寒い日で、体育館は子どもたちには少し気の毒だった。
こういうときは低学年は「あいうえおのおけいこ」
高学年は「ダルマさん」と、体を激しく使う手遊びを多用して
いくらか温まることにする。

お昼をいただき、五時間目は外城田小に移動。
全校で60人くらいのかわいい小学校で
手ごろなスペースでみんないっしょに45分のものがたりライブ。

すぐにまた移動して六時間目は多気中学校で一年生に45分。
探偵ものの「コロッケとダイヤモンド」。
小学校ではしない話。
事件編だけ語って、聞いている生徒たちに犯人をあててもらうという
このスタイルは、どんな子もよく聞いてくれる。

夕方、いったん宿舎の勢山荘に送ってもらい、夜は勢和図書館へ。
一般対象で90分のものがたりライブ。大入り。
「おばけ話入り」という前宣伝がしてあるので
ろうそくをともして「どこじゃ平兵衛」を語る。
アジアカップをやっているので、サッカーが出てくる「マイケル」も。
サイン会を終えて長い一日終了。
小淵沢から電車で名古屋へ。
駅前のホテル。
夜、テレビでサッカーのアジアカップを見る。
正月のこの時期はサッカーやラグビーの
決勝戦とかがテレビであって、つい見てしまう。
夕方、甲府の子どもの本の専門店「ゆめや」さんへ。
年始。注文いただいた「こどものことをこどもにきく」を持って。
オーナー夫妻、元気そうでなにより。
明日から三重と大阪へ。
今年の初旅初仕事になる。
おだやかな日。
朝、恒例の七草粥を食べ、車で一路、長野へ。
善光寺横に車を停め、参拝する。
毎年七日から十五日までは「ご印文頂戴」がある。
落語の「お血脈」のこと。
これをお坊さんが一人づつ頭に押してくれる。
絶対極楽に行かれるというありがたい御印。
列について押していただく。

そのあと、内陣のまっくらな地下をてさぐりで歩いて
ありがたい錠前にさわり、山門に上る。
絶景で石川五右衛門になった気分。

長野の街中をぶらぶらしてから、夕方、車で
塩尻まで戻る。
東座で映画「アラン・デュカス 宮廷のレストラン」を観る。
ミシュランの星を18個取っている生きた伝説のようなフランスのシェフを
二年間追いかけたドキュメンタリー。
 近々ベルサイユ宮殿の中に出店する。
そのディナーのメニューを作るために、世界中の食材を求めてまわる。
東京・京都を皮切りにアメリカ・モンゴル・中国・ブラジルその他。
で、出てくる料理以上にアラン・デュカスの人柄がすばらしい。
大統領と会談しながら食事すると思えば、ホームレスのために
残った材料で料理を作ったりもする。
 「世界に飽食と飢餓が両立しているのがありえない」と言って。
ふつう、どちらかのサイドに立ちきってしまうのに、
とてもバランスがいい。
しかも口だけでなく実績も実力も十分だ。
言うことにZ苦力がある、とてもおもしろい映画だった。

で、そのあと、近くのレストラン「ラ・メゾン・グルマンディーズ」に移動。
東座で映画をやっている期間だけ、この映画に出てきた
宮廷晩餐会の料理をシェフが再現してコースを作ってくれるという
コラボ企画を予約した。
 サラダに前菜にメインにデザートまで全6品。
油物が多かったらいやだったがギラギラしたものはなにもない。
一度あげたものを蒸したりしてさっぱりさせ、どれも
ソースで勝負してくる。
アラン・デュカスは野菜重視でしかも近くで取れたものを使うべきだという
人だから、野菜はすべて塩尻近辺でとれたもの。
肉もジビエで近くで猟師がとったイノシシとシカだという。
全体はむしろ質素。
しかし、とにかくおいしい。
ベルサイユ宮殿のレストランは、どんなお金持ちでも
招待されなければ入れないという。
それと同じ料理をいただけるなんて、ただ幸せ。
パソコンをあけて原稿に向かう。
まずはエッセイの新しいのをそろそろ書きたいと思うが
今一つ、まとまらない。
あきらめて本を読みだす。
何冊も並行して読みかけになっているうちの
高群逸枝「おへんろ」。
若き高群逸枝が大正七年に四国遍路をしたときの旅行記。
もちろん、当時は歩きしかなく物乞いをしながら
野宿や木賃宿で回っている。
 大きな景色は、ぼくが見た今のものと変わっていないから
想像はできる。
雨の中の峠越えはきつかったろう。
泊まるところは予約するわけではなく、心細いだろう。
道迷いの心配はいつもあったろう。
 若書きだから、博学だが高飛車な気質はとくに十分に出ている。
今なら「人はいろいろ。いろんな考え方の人がいるよ」で
かたづけるものを許さず、真摯に考えつめていく。
 若いというのはそういうことだったと確かに思わされる。
パソコンをあけて原稿に向かう。
まずはエッセイの新しいのをそろそろ書きたいと思うが
今一つ、まとまらない。
あきらめて本を読みだす。
何冊も並行して読みかけになっているうちの
高群逸枝「おへんろ」。
若き高群逸枝が大正七年に四国遍路をしたときの旅行記。
もちろん、当時は歩きしかなく物乞いをしながら
野宿や木賃宿で回っている。
 大きな景色は、ぼくが見た今のものと変わっていないから
想像はできる。
雨の中の峠越えはきつかったろう。
泊まるところは予約するわけではなく、心細いだろう。
道迷いの心配はいつもあったろう。
 若書きだから、博学だが高飛車な気質はとくに十分に出ている。
今なら「人はいろいろ。いろんな考え方の人がいるよ」で
かたづけるものを許さず、真摯に考えつめていく。
 若いというのはそういうことだったと確かに思わされる。
毎年1月4日は自分だけのためのぜいたくな日。

朝、新宿から地下鉄で蔵前へ。
歩いて浅草へ。
雷門からにぎわう仲見世を抜け、観音様にお参り。
うらへ抜けて馬道から言問橋を渡り、向島へ。
今日もおだやかでうらうらしたいい日だ。
ここでいつも長命寺の桜餅か言問い団子のどちらかを食べる。
どちらも好きだが両方は甘すぎる。
今年は桜餅にする。
 しっとりした、とてもいい餡だ。
以前は塩の利いた桜の葉もいっしょに食べていたが
塩味が強すぎるように思えて、今はむいて食べている。

検番通りでひきかえして11時から浅草歌舞伎。
「戻り駕籠」「義賢最期」「芋堀長者」の三本立て。
松也の義賢の立ち回りが豪快すぎるくらい豪快で気持ちいい。
坂東巳之助の「芋堀踊り」がおかしい。
巳之助は好きだ。
「芋堀長者」は長者の娘の婿取りを
一番踊りが上手な男にするというので、男たちが次々に
立候補して踊るという、民話のような展開。
 ところが娘を恋している主人公男は踊りが踊れない。
むりやり踊っているうちに、つい本業の芋ほりのしぐさになってしまう。
ところがその踊りが気に入られて、婿になるという話。
こういうの大好きだ。
最期は全員で芋ほり踊り。にぎやかでいい。
また見たい。

浅草から秋葉原経由で水道橋の東京ドームへ。
新日本プロレスの「1.4東京ドーム大会」。
大入りで三階席の上の方まで入っている。
3万人以上。
第一試合からウィル・オスプレイ対飯伏幸太という
メイン級の試合。
新日本は層が厚すぎる。
オカダが負けるなんて…。
内藤哲也とクリスジェリコの試合が一番スリリングでおもしろかった。
デスティーノは華のある大技だ。
ぼくの真後ろに母親と幼稚園児の男の子がすわって
声をあげて応援していた。
それだけでも驚くが
男の子が技の名をたくさん知っていて「あ、膝が入った!」とか
「関節決まった!」とかいうのに仰天。

夜遅く、先代馬生の落語を聞きながら、車で小淵沢に戻る。
「あくび指南」とか「目黒のさんま」とか軽い話に
艶があって絶品。
でも、子どもの頃、生で聞いているがその頃はわからなかったなあ。
ぜいたくな一日終了。
着いた時は日付が変わっていた。
今日もいい天気。
今年はカレンダーの都合で、たいていの人は4日から
ふつうに仕事が始まる。
そこで朋子と紅を車で送って東京に行く。
紅の荷物が多いから電車では無理。
午後からは小仏トンネルの渋滞があるので
朝出て「渋滞2キロ」で通過。
昼過ぎに大泉学園の家に着く。

そのあと、朋子は家の片づけや荷物の整理があるので
紅といっしょに車で石神井公園へ。
家族連れも大勢来ている。
アスレチック広場があり、ブランコやら滑り台やらで
他の子に交じって2時間たっぷり遊ぶ。
雲梯ができるのに驚く。
保育園にあって大きい子たちがやっているのだろう。

夕方戻り、いっしょに風呂に入り、6時過ぎにさよならする。
引き続きおだやかな日。
午前中、恒例の仕事始め。
パソコンをちょっとだけあけて
エッセイを数行だけ書き、閉じる。
それで終わり。

うちの父は手掘りの彫金家だった。
毎日、家で彫刻刀で英字や模様を金属板に刻んでいた。
とくにカリグラフィーはほんとにじょうずだった。
どんどん機械彫りになって、手彫りは
最後は日本でも数人もいなかったらしい。
毎年正月2日を仕事始めとし、その日だけは銅やニッケルでなく
銀板を置いて、ちょっと刻んでやめていた。
 自分なりのセレモニーだったのだろう。
そのまねをしている。
パソコンの前はワープロで、その前は原稿用紙で
もう何年も同じことをやっている。

箱根駅伝。山梨学院大は一区で21位で
はやくも終わってしまった感じ。

午後近くのみそぎ神社へ初もうで。
 みそぎ神社はどんどん参詣客が増えて三年前からは
山梨県で一番初もうで客が多いのだそうだ。
 甲府の武田神社や身延山の久遠寺より多いのはちょっとびっくり。
大みそかは眠くて、夜の10時には布団に入ってしまった。
テレビはまったく見なかった。
7時に起きて朋子や紅もいっしょにみんなでおせちを食べる。
おだやかなよい天気。

10時になると、みんなはアウトレットに歩いて行く。
アウトレットは初売りで、福袋目当ての人たちで元日はいつもにぎわっている。
ぼくだけ家で年賀状のあて名をせっせと書く。
そこに早くもみなさんの年賀状が到着して、それをチェックしながらまた書く。
ほぼ夕方までかかった。
ともあれ、新しい年が始まった。