http://www.littledogpress.com/
このエッセイは、最初はクレヨンハウスの月刊「音楽広場」に書いたもので、現在は「リトルドッグプレス」のホームページに連載しています。それをこちらでも見られるようにしました。今までおもちゃのついて書かれたものは多く『白木の温もりの手作りのまごころ』のように情に流れるか『○○力を育てるにはこういうおもちゃがいい』式のガイドブックです。そうではなく、きちんとしたおもちゃ批評を確立したいと思っています。
ここは、作品を作る過程で、また、日常の中で思いついたことを、書きとめているページです。また、急ぎの情報などもここで紹介します。
朝、偕成社から「こんどこそは名探偵」の
とりあえずのゲラが送られてきた。
「いそいでする」という約束なので
ただちに第一回目の著者校正にかかる。
 カラーの部分は中川大輔さんがホンチャンにかかっている
最中で、まだできていない。
 モノクロページのみだが全部みて赤字を入れて行く。
いつもそうだが、ぼくの原稿は最初とても冗漫で、
それを切り落としていくのが校正のなかみになる。
 ぼくの文のなかみが絵で描いてあるのを確認したら
同じことを文と絵の両方で説明する必要はないので
文はバッサリ捨てることもある。

ファミレスでドリンクバーでねばりながら
赤鉛筆を握ってその作業を3時間かけてし、
夕方、宅配便で送り返した。

 今回は全三話。
ムッシュもミスラビットもだした。
みっつめの話のタイトルは
「バスカビル家のねこ」。
 このタイトルで笑ってくれる子どもは
どれだけいるかなあ?
「こんどこそは名探偵」は5月中旬発売予定。
小ネタあり、アクションあり、暗号ありで
おもしろくなったと思う。
思いついて、おはなし迷路ポスターの新作にかかっている。
二年前に作ったハーフサイズのものを二枚。
ただし、ひとますをもっと大きくして字数を減らし、
ギャグはもっと単純なものにする。
字を読めるようになった子が、親と一緒に
字を発音しながら指でたどって遊ぶイメージ。
「はじめてのおはなし迷路シリーズ」としよう。

題材はイソップ物語。
イソップは一話が短いので、おはなし迷路ではほんとに扱いやすい。
で、とりあえず今日「よくばりな犬」を書き上げた。
水にうつった自分の影にほえて、くわえていた骨を
おっことしちゃう犬の話。
←こう書くとなんだかすごくあわれ。
絵は佐々木マキさん。

もう一話は「北風と太陽」か「おおかみとうそつきな子ども」の
どちらかにするつもり。
夏のものがたりライブの時に売れるようにするつもり。
オマーンからの帰りの機内。
映画を見ていたら、座席の隙間から斜め前の人の
画面が見えた。
ゲームをやっている。
画面に大きく「2048」と書いてある。
ひたすら、無心に指をうごかしているので、なんだかしらないが
単純なゲームなんだろうなと
映画が終わったところで、ぼくもそのゲームをやってみることにした。
 てきとうに指を動かしたら、よくわからないままゲームオーバーになった。
でも、あいかわらず、前の人はすらすらやっている。

気になって、帰ってきて「2048」で検索したら
すぐに無料ゲームが出てきた。
しかも、これが数年前にできたゲームで今、世界中ではやっていると
紹介されている。
で、やっているうちにだんだんやり方がわかってきた。
なるほど、単純だが紙と鉛筆ではできない。
自由にスライドできる画面ならではのおもしろいゲームだ。
と、わかっていきた頃にはいわゆる「はまる」という状態で
あっというまに1時間経過。
ようは2から始めて4,8,16と倍々に2048までいければいいのだが
たいていはそうなる前に手詰まりになってしまう。
で、ここ数日はちょこちょこやっている。
こつもわかってきた。
なんとか512まで行くようになった。
と思ったら昨日はついに1024まで行けた。
でも、これ以上時間をとられるのはなんともまずい。
1024まで行けたということで終わりにしないと…。
このホームページのフォトギャラリーに
オマーン旅行のの写真を数葉載せました。
日中はまじめに机に向かい、
夜、8時半からの映画を見に行く。
塩尻の東座。
フランス映画「ジュリアン」。DVの話。

ジュリアンは11歳の少年。
両親が離婚する。
原因は父親の暴力。
ジュリアンは母親と一緒にいて
父親とはもう会いたくない。
だが、裁判所の調停の結果、共同親権で
ジュリアンは二週間に一度、父親と会うことが義務付けられる。
 市場に連れて行かれるヤギのように
ジュリアンは二週間に一度、しおしおと父親のところに行く。
だが父親は妻に未練たっぷりで、妻の居所をジュリアンから
なんとか聞き出そうとする。
ジュリアンは母親を守ろうと絶対教えない。
最初は甘い顔をしていた父親がだんだんきれていく…。

監督はDVをなくしたくてこの映画を撮ったが
大勢の人に見てもらうために、あえてサスペンスタッチにしたという。
そのとおり、ラストに向けて緊迫感がどんどん高まっていった。
こわいこわい。
帰ってくる。
メールをチェックして必要なら返事を書く。
手紙を読んで必要なら返事を書く。
注文に応じて、ときにサインを入れる。
写真をプリントしに行く。
ネットの日記をまとめてつける。
これで一日終わる。
夜中の11時半に飛び立って
1時間半飛んでドーハに着く。
1時間ほどの待ち合わせで日本行きの飛行機に乗る。
ここから10時間。
機内は日本人も多い。満席。
ドーハはドバイと共に中東のハブ空港だから
ドーハ観光と言うよりヨーロッパ帰りの人が多い。
また、機内でうとうとしながら映画を三本見る。
成田に着いたのは夕方の6時。
寒い。ポケットサイズにおさまるダウンをひっぱりだす。
ここで新宿までリムジンバスで行く川端さんと別れ、
上野行きの京成に乗る。

オマーン旅行終了。
中東は物騒だとか、わかりにくいとかのイメージがある。
実際オマーンのとなりのイエメンは内戦で
渡航できない状態だ。
 でも、オマーンは石油成金でもないし、落ち着いているし、
歩いていてまったくこわさを感じなかった。
もちろん、ほんの数日の旅人の目でしかないが
平和で静かで居心地のいい国だった。
オマーン人の男性ガイドさんがバスの中や歩きながらしてくれた話いくつか。
「イスラム圏では男は4人まで妻が持てる」というのは
コーランに載っていて、よく知られた話。
 だが、今はそんなでもないそうだ。
今、オマーンで2人以上妻がいるのは男性の11パーセントに過ぎないという。
そうは言っても10人に1人いるのだから、けっこうな数字とは思うが
減った理由は「やはり、なにかと大変だから」。
 「妻複数」は自分の富と成功の証明だが、妻の親族のめんどうまでみるのだから
それはお金がかかる。
そしてどの妻にも均等に接しなければならないが、
人間だから絶対好みは出るし、
妻の側が(均等に接しられていない)と感じれば、もう話はややっこしくなる。
したがって経済的な理由とめんどうを回避する理由で
どんどん一夫一婦になっているそうだ。

 ちなみに独身男女が並んで歩くなんてことは考えられないし、
「不純異性交遊」は処罰の対象。
その代り結婚してから仲良くデートするのだそうだ。
聞いていて、口をはさみたいことはいくつかあるが、
信仰がからむ話だから、うかつにはつっこめない。
 ふんふんとうなづくばかり。

ちなみにそういう話はミーハーでおもしろいので
つい耳が立ってしまうが、
この国を歩いているとほんとに女性を見ない。
外の仕事はすべて、毎日の買い物まで男性の役割だ。
「では女性はどこにいるのですか?」
と誰かがきくと、もちろん家の中にいるのだ。

ガイドさんは大真面目にいう。
「女性の一番大事な仕事は夫にだけ、きれいな自分を見せることです」。
ホーツ。
だから外に出る時は頭から足の先まで黒いベールで隠す。しかも、すっぴんでいい。
他人には自分を見せない。
逆に家の中にいる時は口紅をして装う。

そういえば、マスカットのスークでたまたま女性の下着を売っている店の前を通った。
中には黒づくめの女性たちが買い物に来ていたが、マネキンが
けっこう派手なガラの下着を着ていた。
ああ、そういうものかと思った。
 で、黒づくめの服もよく見れば
レースになっていたり、刺繍があったり、いろいろ。
肩からはヴィトンのバッグを下げている女性もいる。
 コーランに規定されていないところでは
さまざまなおしゃれをしているのだ。
ちょっとだけ、うらをのぞき見したような気になった。

 こういうことに、ぼくがありきたりの感想を述べてもなんの力にもならないし、
これからなにか変わるのか変わらないのか、見当もつかない。
ただ、こういう世界もあるんだなあと思うばかりだった。
朝9時半、荷物をまとめて2泊したスールのホテルをバスであとにする。
海岸沿いに北上して首都マスカットをめざす。
途中、ビマー・シンクホールという泉で休憩。
きれいなエメラルドグリーン。
ここもこの前のオアシスのようにドクターフィッシュがいて
足を水につけるとまとわりついてくる。
そこから2時間走ってマスカットの町に入るる
ここは大都市。
しかもとてもきれいだ。ゴミひとつ落ちていない。
お昼はトルコ人が経営するファミリーレストラン。
クエの焼いたのが1人につき半身出てくる。
ホッケよりもさらにさらに大きく、ほんとにこんなに食べられるだろうかと
互いに顔をみあわせる量。でも、おいしいから食べられた。

それから近所のショッピングゾーンへ。
これは高級な店ばかりが入った大きなビルで自由行動になる。
スーパーのカルフールも入っていたが、あまり見たいところはなし。
迎賓館と港の要塞を外観だけ見てマトラスークへ。
マスカット最大の市場。
ここでも自由行動になる。
ここは旧市街にあり、外観はアメ横で、売っているものは仲見世。
大勢の人が出入りしている。
ガイドさんから「中は迷路だから迷わないように」なんていわれると
ますます血が騒ぎ、川端さんとつっこむ。
おみやげものもたくさん売られている。呼び込みも多い。
ナツメヤシとえはがきと
自分用にTシャツを1枚買う。
定価はあるんだかないんだか、値切ると必ず安くなる。

夕飯は近くの下町風の大衆食堂。
細長いおコメや鶏肉が
たくさん出てきてとりわけて食べるのだが、基本的に少食な日本人のしかも年配が多い
一行は盛大に残してしまう。
日本人だから、残すことを申し訳ないと思う。
すると一行の中の1人のおばさんが「こんなに量はいらないからもっとおいしいものを
食べさせてもらいたい。
みんなで旅行会社へのアンケートに書きましょう」なんて煽っている。
心がけがよくないなあ。
 今までずっとそれなりのホテルで高いものを食べてきた。
砂漠の民が食べられるはずもないものを。
やっと今日、現地のみなさんと同じものを食べる機会ができたのに。
たしかに少々、味は濃いめだったけれど、それはまずいというのとは違う。
したがって、ぼくは「こういう庶民的な店がコースに入っていてよかった」と
アンケートに書くことにしよう。
ツアーはいろいろな人がいて、ふだんならまったくおつきあいしないタイプの人とも
数日を共に過ごすことになるから、おもしろいといえばおもしろい。

マスカット空港へ。
夜11時半のフライト。
昨日はハードだったが今日は余裕のある日。
ホテルをバスで9時半のゆっくり出発。
海沿いに1時間北上する。
川について渡し船で対岸に渡る。
そこから切り立った崖の間の深い谷底の道を
上流に向かって歩いて行く。
途中の崖は見上げるとあごが痛くなるくらい高い。
途中、バナナやヤシの木があってトロピカルムード。
1時間くらい歩いたところで泉があらわれ、終着点。
ワディ・シャープというところ。
欧米の皆さんは日向側に座り、日本人は日陰の側に座る。
ここから先に行きたければ川の水の中をじゃぶじゃぶ進み、
最後は泳いで行くともぐるようにして鍾乳洞の中に入れるというのだが、
みなここでやめておく。
 またバスのところまで戻る。

海沿いのレストランでランチ。
レストランは緑色のアラビア海に面していて浜におりられる。
下りたら、これが砂浜でなく丸くて白い小石の浜。
中には穴が貫通している不思議な石もある。
石好きの川端さんは「奇跡の浜!」と叫んで
形のいい石を見つけてはザックにつめこんでいる。
 これは小学生と遠足に来たら楽しいだろうなあ。

それからスールの町に戻り、ダウ船の船大工さんの作業場に見学に行く。
ダウ船はシンドバットが乗り込んだという船。
今も作りかけの船が置いてあった。
小さいがちゃんと甲板もある。
アラブの他の国々はペルシャ湾の奥の方にあって領海というものがさほどない。
だがオマーンは長い海岸線を持ち、漁業と交易も古くからやっていた。
のびのびしている感じ。

夕方、ホテルに戻る。
ここはディナーもバイキングだが、なんとまぐろの刺身が
とり放題だった。
もしかしたら、今日は日本人のぼくらがいたから用意してくれたのかもしれないが
さすが海のある国だ。
同行の皆さんと食事をしながら話がはずむ。
早いもので明日はもう、最終日だ。
朝8時。2泊したニズワのホテルをバスで出発。
あいかわらず、荒野としかいいようのない景色の中を
2時間ほど走ったところで、車を4駆に乗り換える。
ぼくらの車は男ばかり4人。
席はじゃんけんで決めるが昨日はぼくは一番負けて
後ろの3人掛けの真ん中だった。
でも、今日はその反対側からという約束だったので
しっかり助手席をいただく。

 で、待望の砂漠ドライブになる。
助手席だから大迫力。
オマーンにはルブアルハリ砂漠とワヒバ砂漠があり、ここはワヒバ砂漠。
「おお、ついに砂漠だ。鳥取砂丘ではない、ほんとの砂漠」と嬉しくなる。
地平線までどこまでも赤い砂しかない。
途中にはラクダも歩いている。
 それも観光用ではないラクダ。

途中、ベドウィン族のテントに寄る。
ベドウィン族は砂漠を遊牧する民だが近年は定住の方向にある。
やはり子どもを学校に行かせるし、水の問題が大きいからとのこと。
オマーンコーヒーをごちそうになる。
のっぽのポットの中にコーヒー粉を入れ、煮出して上澄みを飲む。

またしばらく行ったところで車をおり、歩く。
サンダルにはきかえる人もいる。ぼくもそうする。
ほかになにもないひろさのなかをペタペタ歩いていて、これはここで
砂嵐にあって方角がわからなくなったら…
水も食べ物もなくなったら…どこにもたどりつけずに干乾しになって死ぬしかない…
ということがはっきりイメージできた。
だが、そんななにもない砂漠の中に忽然とレストランがあり、到着。お昼。

ここから後ろの砂丘に上がるが、砂はこまかく3歩進んで2歩さがる状態。
はだしになってロープにつかまって手の力だけで登る感じ。
高さは何十メートルあるのだろうか。
悪戦するが、子どものようにしゃにむになって一番で砂山のてっぺんにはいあがる。
で、はいあがった甲斐があって、上には子どもの頃夢見た
「月の砂漠」の歌どおりの景色があった。
もちろん車のタイヤの跡も人の足跡もなく、
はるか地平線まで赤く柔らかい砂の丘が続き、ほかにはなにもない。
風紋のみ。
ただ、うっとり。来てよかった。

おりて食事をし、四駆で砂漠にさよならする。
それからまたずいぶん走る。
オマーンは複雑な地形でけっこう峠もある。
断層もいろいろ、山の形もいろいろ。
一行の中に地学に詳しい人がいて、隆起地形とか火山地形とか
がけの様子を見ながらいろいろ説明してくれるが
本人が「これはすごい」と大興奮している。

ワディ・バニ・ハリットというオアシスに着く。
オアシスが近づくと
なにもない荒れ地の向こうにナツメヤシの群落が見えてくるからわかる。
泉で欧米の皆さんが泳いでいる。
水の中にはドクターフィッシュという、人の足の角質を好む魚がたくさんいて
足をつけると寄ってきてチュウチュウ吸われる。
 確かに疲れがとれた気がする。

そこからまたしばらく走ったところで四駆から専用のバスにまたのりかえ、
夕方6時、暗くなった頃、スールの町のホテルに入る。
ここはシンドバッドが出航したといわれる海沿いの町だ。
長い旅だった。

ところが今日はまだ終わらない。
チェックインだけしてすぐ、またバスに1時間乗り、
南のラスアルジーンズという町に行く。
ここは夜にウミガメの産卵が見られるところで
ウミガメセンターには欧米人中心に200人からの人が
食事をしながら待機していた。
自然相手だから、その日に海からカメが上がってくるかどうかはわからない。
実際、昨日と一昨日はいっぴきも来ず、空振りだったという。
毎晩8時半になると専門スタッフがうらの浜に確認に行くのだそうだ。
 そうしたら放送が入って「今日は来ています」という。ラッキー。
さっそくいろいろな国の人がいくつかの班にわかれ、
ディスターシャを着たガイドさんについて時間差で出発する。
 
歩くこと10分。ガイドさんが「全員、懐中電灯を消せ」という。
あとはガイドさんの赤いライトで砂を照らすと
体長1メートル以上のアオウミガメが砂を掘っていた。
これはすでに産卵を終え、そこから1メートルくらい離れたところに
カモフラージュでにせの穴を掘っている最中なのだそうだ。
 母親はがんばる。
でも、こんなにがんばっても大人になれるのは1000個の卵のうち5個くらい。
2か月後にうまく孵っても、すぐカモメに食べられたり、海の方向に行けず
朝になって干乾しになったり、さらになんとか
海に入れても荒波にたたきつけられたりして死んでしまうとのこと。

結局今夜は3匹のカメを見られた。
しかもさらについていたことに今、生まれたばかりで砂の上をヨチヨチはっている
ウミガメの赤ん坊に出会えた。
体長5センチくらい。
なんとか朝が来る前に海にたどりついてほしい。
ホテルに戻ってきたのは夜の11時過ぎ。
ほんとに長い1日だった。
ぼくは中東の景色を完全に勘違いしていた。
砂漠であれ荒れ地であれ、とにかく平らなつもりでいた。
だがオマーンには山脈がある。
それも最高峰は3000メートルを越える。北アルプス並みだ。

朝、ニズワのホテルをバスで出て、小一時間走ったところで
待機していた4駆に乗り換える。
5台のトヨタのランクルに4人づつ乗る。
ちなみにオマーンでは圧倒的に日本車が強い。
トヨタ、ニッサン、ホンダ、スズキ、スバル、マツダ。
すれちがうのは日本車ばかりだ。

で、ディスターシャという足首まであるワンピースのような
白い服にコンマというトルコ帽のような帽子の、伝統的な服の
おにいさんがサンダルで運転して坂道をあがっていく。
途中は未舗装の道が多く、砂ぼこりでなかなか大変。
標高2000メートルを越えたあたりで下車。
眼下に大峡谷が見渡せる。1000メートル以上切れ落ちているとのこと。
山に草も木も全くないので断層がはっきり見える。
地学が好きな人には、オマーンは地球の標本のようで
たまらない場所なのだそうだ。
確かにそうだろうと思う。

そこからがけの中腹の道をハイキングする。
このあたりは大昔は海だったようで化石が多いとのこと。
ガイドさんにそう教わって下を向いて歩いていたら
貝がらのあとのついた石をみごとにゲットした。

1時間いって1時間戻って山の上のレストランでお昼を食べ、
また車で下りて行く。
 今度はミスファット・アル・アブリーンという名の村に行く。
ここは数百年前から変わらずある村だそう。
欧米の観光団体も大勢来ているから
日本で言うと白川郷や妻籠宿のようなものかも。
 ずいぶん高いところにあるのに村が成り立っているのは
もちろん水があるからで
中に水路があって水がいきおいよく流れている。
道横にはナツメヤシをはじめバナナ、パパイヤ、マンゴーなどが茂っている。
水があると木があって日陰ができる。
おかげで日陰の下を歩ける。
それがこんなにありがたいとは気づかなかった。

夕方、ホテルに戻る。
食後は川端さんと絵本の話などしながら眠りにつく。
いつもながら川端さんの絵本についてのうんちくが楽しい。
昨日の午後、電車で甲府まで行って
甲府から成田行きの高速バスに乗り
3時間半で空港着。
相棒の絵本作家の川端誠さんと待ち合わせ。
川端さんとはキリマンジャロ以来、ずいぶん久しぶりの旅行になる。
今回は旅行会社のツアーにまぎれこんでアラビアのオマーンへ。
オマーンはシンドバッドが冒険の旅に船出した港・スールがある国。
昨年がんばって読んだ「アラビアンナイト」のイメージと
旅行会社の「古き良きアラビアが残る国」のキャッチコピーに引かれて
川端さんを誘って申し込んだ。

出発間際に搭乗口で編集者と電話でやりとり。
ぼくがしばらくいなくなることがつたわっていなくて
先方があわて、かつ、おこっている。
まずい。ぼくが悪いのだけれど、もう、どうしようもない。
夜10時半カタール航空でドーハに向けて出発。
これが12時間半。
機内は満員で中央の4人掛けに男が4人。
その内側だからなかなかつらい。
映画を3本見る。あいまにうとうと。

ドーハ着。わずかな待ち時間で今度はオマーンのマスカット空港へ飛ぶ。
こちらは1時間半のフライト。
オマーンは日本の5時間遅れ。
朝の10時半くらい。
用意されたバスで内陸の町ニズワに向かう。
このあたりはほとんど雨が降らないのでいつも青空。
ただし、気温は26度。湿度もないからしのぎやすい。
初めての国に行って空港から町中に向かう車窓は
いつも興味津々で楽しい。
ここはずっと岩石地帯だ。
採石場の中にハイウェイがついているよう。
岩と石と土くれの小山がどこまでも続く。
緑がない。茶色と灰色ばかり。
時折り、石づくりで四角い家々が出てくる。
家の周りにも家も草もないから、どうしても殺風景に見える。

やがてニズワの町へ入る。
世界遺産と言う古い灌漑水路を見る。水が流れている。
日本のぼくらから見ると、どこにでもある用水路でしかないが、
確かにずっとここまでワジと呼ぶ涸れ川ばかりで
水が流れているのは新鮮に映った。
 水があるからナツメヤシの群落ができ、畑もでき、人も住めるので
なによりも灌漑水路が大事というのは納得だった。

そのあとニズワフォートという古い要塞を見学して
フォートの横のスーク(市場)へ。
にぎわっている。
この国では外で働いているのは100パーセント近く男。
魚でも野菜でも売るのも買うのも男だ。
ナツメヤシの実を買う。

ホテルに入って夕食。
スパイシーなものがなく食べやすいる
ただし、この国では一部のホテルをのぞいて
アルコールは売っていない。
ぼくは困らないが川端さんは旅行中は禁酒。
部屋に戻ってテレビのサッカーを見ながらさっさと寝る。
先日のアジアカップでカタールが優勝したが
このあたりの国はみんなサッカー大好きだ。
もちろん、その観客の中にも女性はいないけれど。
今年の夏のものがたりライブの日程が決まった。
全体は6デイズ。
ただし、前半と後半にわかれる。
前半は8月1日〜3日の木金土。
場所は東京・市ヶ谷駅の近くの児童書出版社・偕成社。
玄関前にはノンタンの大きな置物がある。
その一階にある「おはなしの部屋」。
ここはじゅうたん敷きで左右の壁に絵本がドーッと並んでいる
絵本好きにはこたえられない場所。
毎週一度、近隣の親子を対象に絵本の読み語りの会が開かれている。
50人くらい入れるスペース。
ここを偕成社のご好意で貸していただくことができた。
大人も子どもも床ペッタンで、もちろんマイクはいらない距離だし、
ひさしぶりにアットホームな雰囲気の昔ながらのものがたりライブを
お届けします。
 日中。開始時間は未定。

後半はお盆を過ぎた8月17日〜19日の土日月。
こちらは今まで同様、新宿のプーク人形劇場。
固定式の座席でこちらは音響や照明の力を借りながら、
みんなでいっしょにものがたりの世界にいっしょに旅立つ。
ゲストのステージもある。
 従来通り、11時の部と2時の部の2回の予定。

というわけで、前半後半でガラッと変わったスタイルになるはず。
こまかいことは制作部の皆さんが検討してくれている。
これからチラシつくり。
詳細はこの日記でまた書きます。
夏のものがたりライブで会いましょう。来てくださいね。

さて、今日はこれから午後の甲府からのバスで
パスポートを持って成田空港に行く。
夜のフライトで、明日は絵本作家の川端誠さんといっしょに
砂漠の熱い砂の上をペタペタ歩いている予定。
日記の再開は一週間後になります。
もう10年以上前から着ている
古いジャケットのふちに小指の先くらいの穴があいてしまった。
あちゃーと思ったが、着やすいし、
なによりハリスツィードだし、助けたい。
でも、ともぎれはないからどうかなあと思いつつ、
二週間前に甲府のかけはぎの店に持って行った。
おばちゃんが一人でやっている。

で、今日ができあがりの日で取りに行った。
そうしたら、下から似た色の布をあて、上から
ヘリンボーンという魚の骨のような模様を縫って修復してあり、
全体を見渡してもどこを直したのかわからないくらいのいいでき。
いや、どの世界でもプロの仕事はすばらしい。
思わず、おばちゃんにほおずりしたいくらい。
しなかったけれど。。
このところ、ホロコースト関係の本をずっと読んでいるところに
塩尻の東座で
「ヒトラーと戦った22日間」という映画がかかったので見に行く。
ナチスのユダヤ人絶滅収容所と言うとアウシュビッツが有名だが
実は6か所あった。
 そこで1943年に大脱走があった。
その顛末を映画にしたもの。
 ガス室での大量殺戮シーンとかあるので、見ていてもつらい。

でも、いつも思うのは「どうして人が人にこんなひどいことが
できるようになってしまうのか?」ということ。
 別にゲルマン民族が先天的に残酷で悪人のはずはない。
 自然とグリム童話と音楽の国の民だ。
それがどうしてこうなっていったのか?と考えると、
 状況次第で誰だって加害者側になりえたのではないか?となる。
では、その状況とはなにか?
そこを考えずに、その国のことを悪魔の手先のように言い続けても
まったく建設的ではないなあ。
 かえってきて、ひきつづきポーランド関連の本を読む。
「よい語りわるい語り」に「アンケートについて」書き上げる。
これで第一部終了という気分。
今まで、おはなし会のプログラムの作り方、客のすわり方、
会場の下見で注意すること、とかをえんえん書いてきた。
 まだ、話のしかたとか、なかみについてはまったくふれていない。
つまり、ここまでは、みんなでものがたりの海に航海に出るための
船としての会場の作り方について考えてきたつもり。

これからその船の操縦の仕方としての語り手のステージングについて考え、
さらに進んでいく海であるものがたり世界について、書き進めていきたい。
まだまだ時間はかかりそう。
それにしても夕べのサッカーは
なぜ負けたのかよくわからなかった。
FIFAのランキングは日本の方がずっと上だし、
日程的にも日本の方がゆとりがあったし。
ハンドは仕方ないとして、それ以外
決定的なミスがあったようには見えなかったし。
ただ、前半二点取られたのに
あまり、焦ってる感じがせず、本気で
攻めていってる気が見えなかったような…
すると残るのはベンチサイドの指示のミスか
選手たちの油断か相手が強かったかということになる。
ともあれ、試合は一発勝負。
テニスだとだいたい順当に順位が上の選手が
勝つことが多いが、サッカーは団体で毎回
入れ替わるし、不確定要素が多すぎるから
どうしようもない。
そういえばUAEに1対0で負けたオーストラリアは
バックパスの凡ミス。
あれは残酷だった。
一生トラウマになるだろうなあ。
ピーカン照りだが、夕べ、降った雪が
朝になったら積もっている。
今年初めてのまともな雪だ。
今日は8時44分のあずさに乗る予定。
ふだんなら車で15分前に家を出ればゆうゆうだが、
なにがあるかわからないので30分前に出る。
それで正解だった。
小淵沢は基本的に八ヶ岳の中腹の坂の町で
うちから駅へは標高差で150メートルの下りになる。

途中、信号のない交差点で急傾斜の途中に停止線があるのに
ローギアでゆっくり走っているにもかかわらず、ブレーキでとまれない!
まずい! と思ったがどうしようもなく斜めになってずるずると交差点の中に入ってしまう。
幸い横から車が来ていなくてセーフ。冷や汗。
下り坂の途中で立ち往生している車もいる。
女性が一人で乗っていたがこわくて動けないのだろう。かわいそうに。
そのあともポンキングブレーキで急坂をギッタンバッコン下って
結局駅に着いたのは出発2分前!
まにあわないかと車を置いて走りこんだら、あずさも5分遅れていて乗れた!
そんな雪も韮崎まで来るとそもそも降った形跡すらない。やれやれ。

東京駅から八丁堀へ。
いつもパソコンのめんどうをみてくれるトリさんの会社へ。
メールを発信できない状態になっているパソコンをみてもらう。
いろいろ、見たこともない画面をあけて直してくれる。
その他、いろいろやってくれる。
そこにものがたりライブ制作部のTさんも合流して三人で築地の魚河岸で食事。
観光客でにぎわっている。
トリさんはいつも夏のものがたりライブのネットでの参加申し込みの画面を
作ってもらっているので、そのあたりのスケジュールの相談をする。

銀座まで歩き、子どもの本のナルニア国に顔をだす。
夕方のあずさで戻る。
道の雪はあらかた溶けていた。

夜遅くテレビでアジアカップ決勝。
日本はカタールに3対1で敗れる。