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このエッセイは、最初はクレヨンハウスの月刊「音楽広場」に書いたもので、現在は「リトルドッグプレス」のホームページに連載しています。それをこちらでも見られるようにしました。今までおもちゃのついて書かれたものは多く『白木の温もりの手作りのまごころ』のように情に流れるか『○○力を育てるにはこういうおもちゃがいい』式のガイドブックです。そうではなく、きちんとしたおもちゃ批評を確立したいと思っています。
ここは、作品を作る過程で、また、日常の中で思いついたことを、書きとめているページです。また、急ぎの情報などもここで紹介します。
日記を見たみなさんから
お見舞いのメールをいただきました。
ありがとうございます。
自分の家族が胆石になった時の話を添えてくださる方が四人もいて
けっこう身近な病気なんですね。

ふりかえってみると、今年は
9月くらいまではずっと快調だった。
春からずっとジムに通ってバーベル持ち上げていたし。
暑い8月のプークの七連戦もふつうに乗り切れたし。

でも10月11月の一番旅が多くなる時期に
つまづきました。
外食が多くなり、みなさんとごちそうを囲む機会も増え、
それが連日。
逆にジムはずっと休みになり、移動が多くなって、
やっと帰ってくれば遅くまで原稿。
睡眠時間は不規則。
いつものことだがホテルは気持ちよく眠れる時もあれば
寒くてどうしようというときもあるし。

 あと珈琲と間食が増えていた。
これは物書きの宿命みたいなものだが、ちょっと多かったなあ。
珈琲はあとをひくし、ファミレスにこもるとなまじドリンクバーで
おかわり自由というのに負けてしまう。
ずっと紅茶派だったときもあるけれど、珈琲は魔力がある。
一度飲みだすとだめだなあ。
 で、秋を乗り切ったはいいけど、12月に入ったとたん、体がねを上げたことになる。
ぎりぎりでキャンセルせずに済み、人に迷惑かけずにすんだのは幸運にすぎない。

いろいろ自制していかないと。
で明日から、また旅。
しばらく日記もお休みします。
そろそろゆっくりポレポレ行きます。
やっと静かな日に戻った。
遅れに遅れた原稿を書かないと。
来年用のミルキーの新作。
暗号ものだ。
でも、暗号ものというのはミステリーの1ジャンルとして
昔からあることはあるが、
実際にそれを解きながら読んだという人は
そんなにいないのではないだろうか?
なんとなく、探偵が謎解きするのを
(ああ、そうですか)と読み進めてしまうと思う。
謎解きが理詰めであればあるほどめんどうくさいし。
そこを実際に小学生がやってみようと思える見せ方と
しくみ。というのを考えていたら
けっこう時間がたってしまった。
やっと問題編終了。

あいかわらず食事は質素。
よくかんで。
近くの温泉にゆっくりつかりに行く。
寒い日。
なんだかんだ、つごう六泊もお世話になった。
入院は今まで二泊が最高だったのに、こんなの初めてだ。
午前中、最後の抗生物質の点滴をしてもらい、お昼に七分粥をいただき、
部屋をかたづけ、薬をもらい、会計をすませて、家に戻る。
やれやれ、人生なにが起きるかほんとにわからない。

夕方、ちかくの蔦木宿の温泉へ。
一週間ぶりの風呂。
三日絶食して、そのあともたいして食べていないから
体も思ったほどくさくなってはいないが、
それでもやっぱり頭がかゆかった。
 ごしごし洗って、ぬるい源泉の湯にゆっくりつかる。
ホッ。
熱も下がった。
食事も始まった。
重湯から始まって、回を追うごとに三分粥、五分粥とご飯粒に近くなっていく。
はしもついているがおかずはすべて歯を使わなくても食べられるくらい。
もちろん、かむけれど。

お盆のぼくの名の横に「胆のう、すい臓食」と書いてある。
当然、なんの病気の患者かでおかずが違ってくるのだろう。
ぼくの場合、脂っこい物・脂質がいけないようで出てこない。
栄養士さんが部屋に来てくれてマンツーマンで教えてくれたことでは
退院後も魚はなるべく白み、赤みにすること。青魚は脂が強いから。
肉も鳥が一番。蒸し鳥などは確かにあっさりしている。
 あと、気をつけるのは乳製品で
クリーム・ミルク・ヨーグルト・チーズなどはひかえめに。
とはいえ、すべて、完全にだめということでなく、
たまにならなんでもオーケー。
クリスマスにケーキを食べるのはなんの問題もないとのこと。
 
手術で胆のうごと、石を取ってしまえば、問題は解決だが、
今回手術しないままで終わる。
石はひとつではない。
また、別の石のせいで大騒ぎになることもありうるから、
そうならないよう、胆のうを刺激しないような食事の習慣をつけなければならない。

ぼくのいるところは消化器外科で
ぼくを担当してくれている先生は
なんとこの富士見高原病院の院長先生でもある。
当然、手術や外来だけでなく、会議などもいろいろあるわけで
忙しいはず。
先生が夕方、部屋に来てくれて相談の結果、明日退院と決まる。
一日中、部屋で腕に点滴したまま、パソコンに向かう。
ときどき、点滴スタンドをガラガラひきずりながら
病院内を散歩する。
 部屋は三階だが一階に行くと新聞スタンドがあるし、
小さいながら売店もあり、一日三回くらいウインドーショッピングをするが
一回一分で終ってしまう。
絶食中だから買うものもないし。

壁には外科だの内科だののさまざまなお知らせが貼りだしてあり、
活字があれば読まずにはいられない悲しい性で、はしから読んでしまう。
急に病院事情に詳しくなった気がする。

総合病院だからほんとに大勢の人が働いていて
ぼくの部屋にも看護士さん以外にいろいろな人がくる。
そうじには東南アジア系の女性が大勢いる。
みな、日本語もじょうずで驚く。
対応はとても丁寧で、どの人もきびきびして、
入院中、むっとさせられるようなことは
ただの一度もなかった。
激務だと思うし、中には性格の悪い患者もいるだろうに
看護士さん、ほんとにえらい。 
今日は午前中、富士見町立境小学校でものがたりライブ。
小淵沢のうちと富士見町のこの病院とのちょうど間にある小学校。
偶然とはいえ、近所でよかった。

また、外出届を書いて点滴をはずしてもらい、妻に学校に送ってもらう。
車で五分だ。初めてのところ。
全体で百人と少しのかわいい学校。
ちょっと昔の日本の小学生のように
声をかけると、子どもたちがはにかんでくれる。
低学年と高学年にわけて二回のものがたりライブ。
 境小学校の校区は小淵沢小学校のとなりの校区だから
八が岳だのアウトレットだのの説明が
ツーカーでわかってもらえるのが楽しい。

「給食を生徒たちといっしょにどうぞ」と言われていたのだが
絶食三日目だし、もちろんそんなことは言えないし、
申し訳ないが辞退して、車で病院に戻る。

帰った鱈、熱は三十七度台までさがっていた。
午後は家から持ってきてもらったパソコンで原稿を書く。
夕方、二度目のCT。
胆管の人騒がせな石は、せまいところを抜けて腸に落ちていた。
ラッキー。
今夜は寝るときは点滴がはずれる。
寝返りがうてるのはほんとに楽だ。
毎年十二月の第一日曜は昭島市民図書館主催のものがたりライブ。
それが恒例でもう七年目になる。
もちろん、病院ではとめられたが、これは行かなければ。
朝、熱さましの点滴をしてもらい、外出届を書いて
妻の車でいったん家へ。
本当は車で行くつもりだったが、あずさに変更したので
売り物の本をキャスターにつめなおして小淵沢駅へ。
立川でのりかえて昭島へ1時前に着く。

公民館の小ホールは大入りで大人子どもで100人越え。ありがたいこと。
90分のものがたりライブ。
もちろん、ぼくの体調の話など一切しない。
そんなことをしたら、客もスタッフも楽しめなくなってしまう。
出たら最後まで笑顔でフルスロットルで行く。
最後は動物競馬。
前半の出来に関係なく、最後にこれを入れると必ず盛り上がって終れる。
最強の飛び道具があってよかった。
本もすべて売り切れ。サイン会をして
暮れの挨拶の「よいお年を」を言ってさよならする。
来年は十二月1日の日曜に決定。
毎年、昭島の大人と子どもたちと「よいお年を」といいながら
時を過ごしていけたら嬉しい。

あずさで小淵沢へ。
駅からそのまま車で病院に戻る。
看護婦さんたちが「心配していました」と迎えてくれるが
やはりアドレナリンが出ているのか、のりきれた。
熱も三十八度台に下がっていた。
点滴をしてもらい就寝。
昨日11月30日の金曜日の晩、
外で原稿を書いていたら突然、おなかの上の方が痛み出した。
なんだかわからず、とにかく車で家へ戻る。
途中、刺すような痛みが増していって
くらくらしながら運転してなんとか家へ。
とりあえず胃薬を飲み、とにかく寝ようと横になるが
痛みはおさまらず、眠ることもできない。

ついに腹を決めて、夜の十一時すぎに
かかりつけの富士見高原病院に電話して、妻に送ってもらう。
先生が出てくるのを待つ間に手洗いで吐く。
だが、胃のつかえはとれたが痛みはとれない。
すぐにCT。
結果、胆管に石がはさまっているのが画像に映る。
胆石。
あるのは三十年前から知っていたが今まで一度も悪さをしないので
存在を忘れていた。
今さら動くとは。
痛み止めの注射を肩に打たれ、そのまま入院と決まる。点滴。

ぐっすり寝て1日の朝になったら痛みはとれていた。
だが採血検査の数値がいろいろ悪い。
白血球の増量がはんぱでない。
中で菌と戦っているのだろう。胆石と胆のう炎という診断。
熱が三十九度二分。
今日も入院。一日中点滴のままベッドで寝ている。
やれやれ、えらいこっちゃ。