いつもの日常

朝、一週間ぶりにジムへ。
いつもと変わらぬ日常に戻る。
とはいえ、頭の中はいつもの日常に戻っていない。
プークでのことをあれこれ考えている。

そういえば「いつもの日常ってなに?」という話を清水真砂子さんが
楽屋でしてくれた。
 学校でなにか事故や事件が起きると先生たちはみな
「早くいつもの日常に戻ってほしい」という。
だが、事故が起きたら動揺するのは当たり前で
むしろその動揺の中でさまざまな気づきもあるはず。
なぜ、早くいつもの日常に戻りたがるのだろうと疑問を語ってくれた。

いいかえると事故があった学校の生徒は、日常のAから事故で非日常のBに行って
やがて元のAに戻ってくるのだが、そこで戻ってきたAは
前とまったく同じA地点ではない。
Bを体験することによってA´というべき地点になっているはずだ。
そういうことをくりかえして人は高く深く重層的になっていく。
そのB地点は読書という体験の中にも存在する。
と、このあたりは斎藤次郎さんにずっと以前に教わった考え方。
次郎さんもプークに一日来てくれた。
嬉しいこと。

プークでは来てくれた大人と子どもがみんなでものがたりの海へ出航し、
また戻ってきた。
それがAからBに行って、物語の影響によってAではなくA´に
戻るようになっていたらすてきだ。
確かに同じ景色なのに、なぜかちょっと違って見えるということは
誰にでもある。
それは自分の方がちょっと大人になったからだったりするのだ。

夜はファミレスに行って、七日分のアンケートを読みかえす。
読んでも読んでも終わらない。