追悼 板倉聖宣先生

2月7日に板倉聖宣先生が亡くなった。87歳。
入院しているとはうかがっていたし、
お年もお年なので、いずれこの日が来るのは予期していたが
それでも実際、この日が来るといただいたものの大きさに
改めて感謝の思いがこみあげてくる。

仮説実験授業の提唱者として、その普及運動の理論的支柱として
活動してきた知の巨人だから、直接影響を受けた先生は
数知れないだろう。
 ぼくは教育の現場にいるわけではないから、具体的な
授業のやり方を教わったわけではないが、著書を読んで
目からうろこが落ちたことは何度もある。

 将棋の羽生竜王の指す手のように、意表をつかれて
びっくりするが、しかし、何度も見直していくと、
それこそが正着であるというような文章がとても多い。

おそらく板倉先生の考えの根幹には若き日に学んだ
弁証法的な見方がある。
 ぼくは板倉先生が論じた三浦つとむの
「弁証法とはどういう科学か」を
偶然だが高校時代に読んでいて
ほんとうによかったと思っているから、これはまちがいない。
あれかこれかでなく、あれもこれもあちこちに目配りしながら
最善にたどりつこうとする。

板倉先生の明言はいくつもあるが、ひとつ紹介すると
「理想を掲げて妥協する」なんてことばは本当に
弁証法的で実践的だ。
スパイラルしながら真実に近づこうとする。
 たとえば教員が式典での国旗や国歌について、
自分の想いを言うのはいい。
立ちたくないし、歌いたくないなら
そのことを言うべきかもしれない。
だが、そんなものと心中してはいけない。
悲壮でかっこいいようだが、
それでやめさせる口実ができて喜ぶのは雇用者側で、
あてつけにもなっていない。
 そういう愁いをも持った先生が現場にいて、
しかし子どもたちと楽しい日常を作っていくことの方が
はるかに大事なのだ。

ぼくも、たとえば学校でものがたりライブをさせてもらうとき、
「「できれば体育館でなく、もっと小さい部屋で
させてもらえませんか? そうするとマイクなしの
肉声でやれるし、熱がこもりやすくなりますから」と
自分の理想を伝える。
 だが、そこで「体育館しかないんです」と言われてしまえば
しかたがない。
 「それでは、やれません」とは言わない。
マイクを使ってすればいいだけだ。
で、全力で盛り上げて、終わってから
「また、呼んでください。できれば、次は学年をわけて
小さい教室を考えていただけると
もっと楽しくなります」と
自分の理想を伝えて学校をあとにする。
 もし、ぼくのものがたりライブがよかったなら
次はぼくを信頼して、その方向で
動いてくれる先生もいるかもしれない。
 そうすると、次は子どもたちともっとおもしろい時間が
作れるかもしれない。
「理想を掲げて妥協する」。
こういう考え方は板倉先生にいつのまにか教わっていたのだと
今日になって気がついたことだ。

他にも弁証法的にものごとを見るとは
学校の現場でどういうふうにやるものかという
具体的な方法を先生は提示してきたのだと思う。
そしてぼくはその著作から学んで
自分がおもちゃを考える時、ものがたりを考える時、
応用させてもらってきたのだと、はっきり思う。
ありがとうございました。と言うばかりだ。